名古屋高等裁判所 平成7年(ネ)546号 判決 1997年10月24日
名古屋市中川区宮脇町一丁目一〇九番地
平成七年(ネ)第五五三号事件控訴人・同年(ネ)第五四六号事件被控訴人
ファンシーツダ株式会社
(以下「一審原告」という。)
右代表者代表取締役
津田荘太郎
右訴訟代理人弁護士
伊藤典男
同
伊藤倫文
右訴訟復代理人弁護士
伊藤誠一
右輔佐人弁理士
幸田全弘
名古屋市中区大須四丁目九番二一号
平成七年(ネ)第五四六号事件控訴人・同年(ネ)第五五三号事件被控訴人
株式会社オムニツダ
(以下「一審被告」という。)
右代表者代表取締役
津田英二
名古屋市港区正徳町四丁目九番地
平成七年(ネ)第五四六号事件控訴人・同年(ネ)第五五三号事件被控訴人
青山家具製作所こと
(以下「一審被告」という。)
青山光亮
愛知県日進市浅田町平子四番地の七四一
平成七年(ネ)第五四六号事件控訴人・同年(ネ)第五五三号事件被控訴人
津田英二
(以下「一審被告」という。)
愛知県知多郡阿久比町大字白沢字表山五―六
平成七年(ネ)第五四六号事件控訴人・同年(ネ)第五五三号事件被控訴人
池田美典
(以下「一審被告」という。)
名古屋市中村区中島町三丁目六番地
平成七年(ネ)第五四六号事件控訴人・同年(ネ)第五五三号事件被控訴人
安井孝安
(以下「一審被告」という。)
三重県桑名市大山田四丁目一五番地の九
平成七年(ネ)第五五三号事件被控訴人(以下「一審被告」という。)
村井進
右一審被告ら訴訟代理人弁護士
高須宏夫
同
水野聡
同
奥村哲司
主文
一 一審原告の控訴(一審被告村井進を除く。)に基づき、原判決中、一審被告村井進を除く一審被告らに関する部分を次のとおり変更する。
1 一審被告株式会社オムニツダ、同青山光亮及び同津田英二は、連帯して、一審原告に対し、六〇五万七七九三円及びこれに対する別紙遅延損害金起算日目録記載の日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 一審被告池田美典及び同安井孝安は、連帯して、一審原告に対し、六〇五万七七九三円及びこれに対する別紙遅延損害金起算日目録記載の日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
3 一審原告の一審被告村井進を除く一審被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
二 一審原告の一審被告村井進に対する控訴及び一審被告村井進を除く一審被告らの控訴をいずれも棄却する。
三 一審原告と一審被告村井進を除く一審被告らとの間に生じた訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二五分し、その二四を一審原告の負担とし、その余を同一審被告らの負担とし、一審原告の一審被告村井進に対する控訴費用は一審原告の負担とし、一審被告村井進を除く一審被告らの控訴費用は同一審被告らの負担とする。
四 この判決は、第一項の1、2に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 一審原告
1 平成七年(ネ)第五五三号控訴事件
(一) 原判決を次のとおり変更する。
(二)(1) 第一次的請求
一審被告らは、一審原告に対し、連帯して、一億二四二四万〇〇七四円及び内一一六四万四〇〇〇円に対する別紙遅延損害金起算日目録記載の日から、内一億一一二五万六〇七四円に対する平成六年一一月二三日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
(2) 第二次的請求
一審被告らは、一審原告に対し、連帯して、三六七一万四七五六円及び内一一六四万四〇〇〇円に対する別紙遅延損害金起算日目録記載の日から、内二五〇七万〇七五六円に対する平成六年一一月二三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
(三) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
(四) 仮執行宣言
2 平成七年(ネ)第五四六号控訴事件に対する答弁
(一) 一審被告村井進を除く一審被告らの控訴を棄却する。
(二) 控訴費用は一審被告村井進を除く一審被告らの負担とする。
二 一審被告村井進を除く一審被告ら
1 平成七年(ネ)第五四六号控訴事件
(一) 原判決中、一審被告村井進を除く一審被告ら敗訴部分を取り消す。
(二) 一審原告の一審被告村井進を除く一審被告らに対する請求をいずれも棄却する。
(三) 訴訟費用は、第一、二審とも一審原告の負担とする。
2 平成七年(ネ)第五五三号控訴事件に対する答弁
(一) 一審原告の控訴をいずれも棄却する。
(二) 控訴費用は一審原告の負担とする。
三 一審被告村井進
1 一審原告の一審被告村井進に対する控訴を棄却する。
2 控訴費用は一審原告の負担とする。
第二 当事者の主張
当事者の主張は、次のとおり訂正及び付加するほか、原判決の「事実」欄の「第二 当事者の主張」の記載を引用する。
1 原判決六枚目裏二行目の「水分の」を「水分を」と訂正する。
2 同八枚目表三行目の「ている。」を「ているほか、一審被告会社(株式会社オムニツダ)にも本件ノウハウを提供して、平成四年三月ころから同会社の員弁工場でロールベニヤの製造を行わせている。」と訂正する。
3 同枚目表の五行目、八行目、一〇行目、一一行目及び同枚目裏二行目の各「被告青山」の次に「及び一審被告会社」を付加する。
4 同枚目裏五行目から同一一枚目表一〇行目までを、次のとおり訂正する。
「8 一審被告青山(青山光亮)がロールベニヤを製造し、それが平成元年六月ころから一審被告会社によって販売されたこと並びに一審被告会社が平成四年四月ころからロールベニヤを自ら製造、販売したことにより、一審原告は、次の損害を被った。
(一) 第一次的請求
(1) 一審原告の損害額は、特許法一〇二条一項及び二項の類推適用により、一審被告青山及び一審被告会社がロールベニヤを製造、販売した行為により受けた利益の額と同額というべきである。
(2) 一審被告青山のロールベニヤの製造及び一審被告会社への販売による利益
<1> 一審被告青山の一審被告会社に対するロールベニヤを含めた全商品の売上高のうち、少なくとも平成元年七月から平成六年一二月までの間の分は、次のとおり合計一八億七七〇〇万円である。
期間 売上額
平成元年七月から同年一二月まで 一億六〇〇〇万円
平成二年一月から同年一二月まで 三億六七〇〇万円
平成三年一月から同年一二月まで 四億二〇〇〇万円
平成四年一月から同年一二月まで 三億四一〇〇万円
平成五年一月から同年一二月まで 二億六一〇〇万円
平成六年一月から同年一二月まで 三億二八〇〇万円
<2> 右売上高のうち、ロールベニヤ以外の商品の売上高は平均一一・二一パーセント(平成五年一月から同年一二月までの月別平均割合)であるから、ロールベニヤの売上高(売上高の八八・七九パーセント)は、次のとおりとなる。
期間 売上高
平成元年七月から同年一二月まで 一億四二〇六万四〇〇〇円
平成二年一月から同年一二月まで 三億二五八五万九三〇〇円
平成三年一月から同年一二月まで 三億七二九一万八〇〇〇円
平成四年一月から同年一二月まで 三億〇二七七万三九〇〇円
平成五年一月から同年一二月まで 二億三一七四万一九〇〇円
平成六年一月から同年一二月まで 二億九一二三万一二〇〇円
<3> 右ロールベニヤの売上高に対する平成元年七月から平成六年一二月までの一審被告青山の利益額は、次のとおり合計八七六四万一三〇〇円である。
平成元年七月から同年一二月まで 一二六一万三八〇〇円
平成二年一月から同年一二月まで 三〇一八万八六〇〇円
平成三年一月から同年一二月まで 二九一二万三一〇〇円
平成四年一月から同年一二月まで 一二四三万〇六〇〇円
平成五年一月から同年一二月まで 一五〇万九四〇〇円
平成六年一月から同年一二月まで 一七七万五八〇〇円
ただし、右利益額は、ロールベニヤを含めた全商品の売上高に対する利益額(甲第一一八号証、株式会社帝国データバンク作成の調査報告書)に前記八八・七九パーセントを乗じたものである。なお、同号証によれば、平成元年七月から同年一二月までの分は、二四〇〇万円の欠損になっているが、それは一審被告青山が婚礼家具製造当時の欠損金を計上したことによるものであるため、平成二年一月から同年一二月までのロールベニヤの売上に対する利益率から、その利益額を算定したものである。
<4> 右利益額八七六四万一三〇〇円は、一審原告とファンシープロダクツの損害額と同額であるから、一審原告の損害額はその二分の一である四三八二万〇六五〇円である。
(3) 一審被告会社のロールベニヤの販売による利益
<1> 平成元年五月から平成四年三月までの間において、一審被告会社が一審被告青山からロールベニヤを仕入れ、それを得意先に販売した価額との差額(粗利すなわち販売額から仕入額を控除したもの)は、次のとおり合計一億二八二〇万七四二七円である(乙第三九号証と乙第四〇号証との差額)。
期間 粗利
平成元年五月から平成二年三月まで 一六七二万六九二六円
平成二年四月から平成三年三月まで 七三七六万五七二八円
平成三年四月から平成四年三月まで 三七七一万四七七三円
<2> 右<1>の粗利に対する純利益率は、一審被告会社と同一規模の一審原告のそれが三九・五七四パーセントであるから、これを右粗利に乗じた純利益額は、次のとおり合計五〇七三万六八〇六円である。
平成元年五月から平成二年三月まで 六六一万九五一三円
平成二年四月から平成三年三月まで 二九一九万二〇四九円
平成三年四月から平成四年三月まで 一四九二万五二四四円
<3> 平成四年四月から平成六年一二月までの間における一審被告青山の一審被告会社に対するロールベニヤの売上高は次のとおりである。
期間 売上高
平成四年四月から同年一二月まで 二億二七〇八万〇四二四円
平成五年一月から同年一二月まで 二億三一七四万一九〇〇円
平成六年一月から同年一二月まで 二億九一二三万一二〇〇円
ただし、平成四年四月から同年一二月までの売上高は、前記(2)<2>の三億〇二七七万三九〇〇円から同年一月から同年三月までの売上高を控除したものである。
<4> 右売上高に粗利率一〇パーセントを乗ずると、平成四年四月から平成六年一二月までの間における粗利は、次のとおり合計七五〇〇万五三五二円である。
平成四年四月から同年一二月まで 二二七〇万八〇四二円
平成五年一月から同年一二月まで 二三一七万四一九〇円
平成六年一月から同年一二月まで 二九一二万三一二〇円
<5> 右粗利七五〇〇万五三五二円に純利益率三九・五七四パーセントを乗ずると、平成四年四月から平成六年一二月までの純利益は、二九六八万二六一八円である。
<6> 一審被告会社の平成元年五月から平成六年一二月までの純利益は右<2>の五〇七三万六八〇六円と右<5>の二九六八万二六一八円の合計八〇四一万九四二四円である。
(4) したがって、一審原告の損害額は、右(2)と(3)の合計一億二四二四万〇〇七四円となる。
(二) 第二次的請求
(1) 一審被告青山が一審原告との競業商品であるロールベニヤのEタイプ、Mタイプ、Xタイプを製造し、一審被告会社がそれらを平成元年五月ころから販売し、更に、一審被告会社が平成四年三月から右ロールベニヤを自社工場で製造、販売したため、一審原告の同タイプのロールベニヤの売上高が減少した。
(2) 一審原告の昭和六三年度(同年四月一日から翌年三月三一日までの期間をいう。以下同じ。)から平成五年度までのタイプ別のロールベニヤの販売状況は別紙「タイプ別販売表」記載のとおりであるところ、昭和六三年度の売上高を基準として、平成元年度から平成五年度までの売上高の減少は次のとおりである。
<1> Eタイプのロールベニヤにつき
期間 減少額
平成元年度 三四二八万五八一四円
平成二年度 四七三八万九四七五円
平成三年度 七七二五万三三〇四円
平成四年度 一億三四七七万〇五九四円
平成五年度 一億四四九三万六〇〇七円
<2> Mタイプのロールベニヤにつき
期間 減少額
平成元年度 一一一二万〇七六〇円
平成二年度 五一八一万七八二三円
平成三年度 九四四五万一〇一五円
平成四年度 一億二六一九万六八二三円
平成五年度 一億六六五二万二八四一円
<3> Xタイプのロールベニヤにつき
期間 減少額
平成元年度 一二三万六四五六円
平成二年度 七一二万四二九四円
平成三年度 八六五万一六二〇円
平成四年度 九〇五万三九七〇円
平成五年度 一二三二万九六五六円
(3) 一審原告の売上高に対する純利益率は三・九六パーセントであるから、右(2)の減少額に右純利益率を乗ずると次のとおり合計三六七一万四七五六円となり、一審原告は右と同額の得べかりし利益相当額の損害を被った。
<1> Eタイプのロールベニヤにつき合計一七三六万九九五一円
期間 一審原告の損害
平成元年度 一三五万七七一八円
平成二年度 一八七万六六二三円
平成三年度 三〇五万九二三〇円
平成四年度 五三三万六九一五円
平成五年度 五七三万九四六五円
<2> Mタイプのロールベニヤにつき合計一七八二万四三二五円
期間 一審原告の損害
平成元年度 四四万〇三八二円
平成二年度 二〇五万一九八五円
平成三年度 三七四万〇二六〇円
平成四年度 四九九万七三九四円
平成五年度 六五九万四三〇四円
<3> Xタイプのロールベニヤにつき合計一五二万〇四八〇円
期間 一審原告の損害
平成元年度 四万八九六三円
平成二年度 二八万二一二二円
平成三年度 三四万二六〇四円
平成四年度 三五万八五三七円
平成五年度 四八万八二五四円
(三) 一審原告がロールベニヤの製造を計画し、その製造機械の選定に着手したのが昭和五六年九月一日であり、それが商品として販売可能な製品として製造、販売できるまでに至ったのが昭和六〇年三月一日であって、その間三年六か月を要したから、一審被告青山も本件ノウハウの開示がなければロールベニヤの開発から製造・販売まで同期間を要したことが明らかであるところ、一審被告青山は本件ノウハウの開示を受けることにより製造に着手してから六か月で製造可能になり、三か年を短縮できたものである。したがって、仮に、前記(一)及び(二)の期間における請求が認められないとすれば、一審被告らは、前記(一)及び(二)の損害中、右一審被告青山において短縮できた期間についての一審原告の損害を賠償すべきである。
9 よって、一審原告は、一審被告英二(津田英二)、同村井(村井進)及び同安井(安井孝安)に対しては、債務不履行又は不法行為による損害賠償として、一審被告会社及び一審被告青山に対しては不法行為による損害賠償として、次の金員の支払を求める。
(一) 第一次的請求
一審被告らは、一審原告に対し、連帯して、一億二四二四万〇〇七四円及び内一一六四万四〇〇〇円(当初請求分)に対する弁済期後の別紙遅延損害金起算日目録記載の日(本件訴状送達日の翌日)から、内一億一一二五万六〇七四円(拡張分)に対する弁済期後の平成六年一一月二三日(訴変更申立書送達日の翌日)から各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(二) 第二次的請求
一審被告らは、一審原告に対し、連帯して、三六七一万四七五六円及び内一一六四万四〇〇〇円に対する弁済期後の別紙遅延損害金起算日目録記載の日から、内二五〇七万〇七五六円に対する弁済期後の平成六年一一月二三日から各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。」
第三 証拠
証拠関係は、原審及び当審記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
理由
一 当裁判所は、一審原告の請求は、主文第一項1、2の限度で理由がありこれを認容すべきものと、その余の請求は理由がなく棄却すべきものと判断するものであって、その理由は、次のとおり訂正、削除及び付加するほか、原判決の「理由」欄の記載を引用する。
1 原判決一四枚目裏一一行目から一二行目にかけての「原告代表者(第一回)」を「一審原告代表者(原審における第一回、当審)」と訂正する。
2 同二〇枚目裏一一行目の「オ 接着剤の含浸度合い」を削除する。
3 同二七枚目表四行目の「ついては、」の次に「セントラルリース株式会社が一旦買い受けた上」を付加する。
4 同三〇枚目表三行目の「いうべきもの」及び同一一行目の「基本的な工夫」の次に、それぞれ「及びより細かい工夫を修得するのに役立つ周辺の情報」を付加する。
5 同三二枚目表一〇行目から同三五枚目裏六行目までを次のとおり訂正する。
「第四 損害について
一 一審原告は、第一次的に、一審被告池田及び同安井による営業秘密の漏洩がなければ、一審被告青山はロールベニヤの製造をすることができないとの前提の基に、損害の主張をしている。
前記第三の二(原判決の引用部分、以下同じ。)において判示したとおり、一審被告青山は、一審被告池田、同安井による秘密漏洩とそれを前提とした一審被告会社の協力がなければ、前記の期間内に一審被告青山が単独でロールベニヤの製造を計画し、実行することはできなかったものと認められる。しかし、本件製造方法に関する実用新案登録出願(出願日・平成元年八月一〇日、出願番号・平一―九四一四九、出願人・ファンシープロダクツ、考案の名称・銘木テープ)が平成六年八月二三日に、特許出願(出願日・平成二年一月一六日、出願番号・平成二―六六二七、出願人・一審原告、発明の名称・裏貼り銘木単板ロールの製造方法)が平成六年五月二三日にいずれも拒絶査定を受けていること(乙第二六号証の一、二、第三七、第三八号証)、ロールベニヤの製造において、予めフリースに接着剤を含浸させることなくツキ板に接着剤を塗布し、その上にフリースを貼る方法はドイツで一九八三年(昭和五八年)に発行された刊行物に掲載されていたことは前記第二の二3(二)のとおりであることなどの事実に照らすと、一審被告青山は、一審被告池田らの秘密漏洩がなかったとしても、いずれはロールベニヤの製造に着手し、それを製造することは可能であったというべきであり、したがって、右秘密漏洩は一審被告青山のロールベニヤの製造を一定期間早めたに過ぎないものというべきであるから、賠償の対象となる損害は、その短縮された期間中の製造にかかるものに限定されるというべきである(なお、右実用新案登録出願及び特許出願について拒絶査定の事実があったとしても、「営業上の秘密」として保護されるべき「非公知性」の要件は、右各出願において要求される要件ほど厳密なものではないから、本件製造方法に関する情報が「営業上の秘密」であるとする判断(前記第二の二3)を左右するものではない。)。
二 そこで、 一審被告青山のロールベニヤの製造が一審被告池田らの秘密漏洩により、どの程度短縮されたかについて判断する。
一審原告がロールベニヤの製造を計画し、その製造機械の選定に着手したのが昭和五六年九月であり、試作改良を重ねた結果、ファンシープロダクツでは昭和五九年三月ころ本件製造方法の技術をほぼ確立したが、その後もロールベニヤの試作改良を続けていたこと、本件製造方法の技術が飛躍的に伸びたのは一審原告が締結した昭和五八年一二月のドイツのハイツ社との技術援助契約であり、右契約に基づくハイツ社の工場見学であったことは前記第二の一2のとおりであるところ、昭和五九年一〇月のロールベニヤの生産量が前月に比べて倍増している(甲第二三号証添付の「ロールベニヤ生産数量」)ことに照らすと、一審原告ではロールベニヤの開発から本格的な製造ができるようになるまでの期間は昭和五六年九月から昭和五九年一〇月までの三年二か月とみるのが相当である。
他方、一審被告青山が、昭和六三年七月ころ、一審被告会社の協力を得てロールベニヤの製造に着手する計画を立て、平成元年五月には販売可能な商品ができるようになったことは前記第三の一4のとおりであるから、その開発計画から右製造まで一一か月を要したとみるのが相当である。
そうすると、一審被告青山のロールベニヤの開発計画から製造までの期間は、一審原告のそれと比較すると、二年三か月短かいことになる。しかし、前記のとおり本件製造方法に関する実用新案出願及び特許出願が拒絶査定されていること、一審被告青山もそれなりに努力していること、漏洩されたのは本件製造方法のうち前記「基本的な工夫」そのもの及び「より細かい工夫」を修得するのに役立つ周辺の情報であること、後発メーカーの商品開発の期間は先発メーカーに比較して通常短期間であること、本件に現れた諸般の事情を考慮すると、一審被告青山のロールベニヤの開発計画から製造までの期間は、一審被告池田らの秘密漏洩により、少なくとも一年一〇か月は短縮されたとみるのが相当であり、右認定を左右するに足りる証拠はない。
三 次に、一審原告の損害額について判断する。
1 一審原告は、第一次的請求として、一審原告の損害額は特許法一〇二条一項及び二項の類推適用により一審被告青山及び一審被告会社がロールベニヤを製造、販売した行為により受けた利益の額と同額であるとして、前記(本判決)当事者の主張一の8(一)のとおり主張する。
しかし、一審原告主張の本件ノウハウの侵害を理由とする損害額を算定するに当たっては、その権利性に照らし特許法の右規定を類推適用することは困難であるというほかなく、また特許法の右規定と同旨の規定である不正競争防止法五条は、前記一審原告の損害発生期間後の平成六年五月一日施行(平成五年法律第四七号)のものであって、やはり適用することができないのみならず、一審原告が利益を算定するのに使用している数字自体につき、次のとおり問題なしとしないから、右主張は結局採用することはできず、第一次的請求は理由がない。すなわち、
(一) 一審被告青山分につき
一審原告が主張する一審被告青山の一審被告会社に対する販売額及び利益額は、甲第一一八号証(株式会社帝国データバンク作成の調査報告書)に依存しているものであるが、右同号証は株式会社帝国データバンクの調査員が平成七年九月一四日一審被告青山及びその取引銀行に調査に赴き作成されたものであると主張するが、本件全証拠によるも、右調査書に記載された数値の根拠となる資料を含めた調査内容が明らかでないことからみて直ちに右数値を採用することはできない。しかし、甲第一一九号証(一審被告青山の一審被告会社に対する請求書)の平成五年一月から同年一二月までの請求総額二億六〇一四万〇四五六円が甲第一一八号証の平成五年一二月の売上高二億六一〇〇万円とほぼ一致している事実と併せ考えると、甲第一一八号証の数値のうち右期間中のそれは概数として一応評価できるということができる。また、一審原告主張のロールベニヤの売上に対する利益額は、概ね甲第一一八号証の利益額に八八・七九パーセントを乗じて算出しているが、右八八・七九パーセントという数値は、甲第一一九号証に基づく一審被告青山の一審被告会社に対する全売上高に占めるロールベニヤの割合であるところ、ロールベニヤとそれ以外の製品の利益割合がそれぞれ同率であることを認めるに足りる証拠はない。
(二) 一審被告会社分につき
一審原告は、平成元年五月から平成四年三月までの一審被告会社の利益を算定する当たり、粗利に対する純利益率を一審原告のそれを使用して計算しているが、純利益率は、生産設備の規模、製品の製造量、販売量、原材料の仕入価格、売上価格などの各種要素により決せられると解されるところ、そのうちの販売規模についてみるに、例えば、一審原告と一審被告青山の平成五年当時のロールベニヤの売上高は一審原告(平成五年四月一日から平成六年三月三一日までの期間)が一一億一九四六万八二六二円(甲第一五三号証)、一審被告青山(平成五年一月一日から同年一二月三一日まで)が二億三一七四万一九〇〇円(この数値は、甲第一一八号証のうち、前記のとおり概数として評価できる期間を参考として算出したもの。)であることがうかがわれるのであって、一審原告の利益率を一審被告会社のそれと同視することは適当とはいい難い。なお、平成四年四月以降の分については前記(一)と同様の難点があるということができる。
2 一審被告青山が一審被告池田らの秘密漏洩により短縮された一年一〇か月間の一審原告のロールベニヤの販売額の減少について検討するに、前記のように一審被告会社は一審被告青山が製造したロールベニヤを平成元年六月ころから販売しているから、賠償の対象となる期間は、同月から平成三年三月末日までということになる。
(一) 証拠(甲第一一、第一二、第一三九、第一五三号証、当審における一審原告代表者本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 一審被告会社が販売したのは一審原告との競業商品であるロールベニヤのEタイプ、Mタイプ、Xタイプであるところ、昭和六三年度から平成五年度までのタイプ別ロールベニヤの一審原告の販売状況は別紙「タイプ別販売表」記載のとおりである。
(2) したがって、右三タイプのロールベニヤにつき、一審原告の昭和六三年度の売上高を基準とすると平成元年度と平成二年度の売上高は次のとおり減少したことになる(平成元年度分については、同年四月一日から五月末日までの分が含まれているが、その間については売上高が減少する要因は本件全証拠によっても見出し難いので、右年度分の減少分は同年六月一日以降の分と推認するのが相当であり、これを左右するに足りる証拠はない。)。
タイプ 平成元年度 平成二年度
Eタイプ 三四二八万五八一四円 四七三八万九四七五円
Mタイプ 一一一二万〇七六〇円 五一八一万七八二三円
Xタイプ 一二三万六四五六円 七一二万四二九四円
(3) 一審原告の売上高に対する純利益率は三・九六パーセントであるから、右(2)の減少額に右純利益率を乗ずると右期間中の一審原告の得べかりし利益相当額は、次のとおり合計六〇五万七七九三円となる。
タイプ 平成元年度 平成二年度
Eタイプ 一三五万七七一八円 一八七万六六二三円
Mタイプ 四四万〇三八二円 二〇五万一九八五円
Xタイプ 四万八九六三円 二八万二一二二円
(二) 右(一)の認定事実によれば、一審原告の平成元年六月から平成三年三月末日までの売上減少に伴う得べかりし利益が六〇五万七七九三円であることになるところ、一審被告会社がロールベニヤを販売するまでは一審原告のそれの市場占有率はほぼ一〇〇パーセントであったこと、したがって、一審被告会社の同市場への参入はその分だけ一審原告の売上に影響を及ぼすことは避けられなかったこと、しかも一審被告会社は一審原告と同様に名古屋市に本店を置き、一審原告の取締役や従業員であったものが一審被告会社の取締役や従業員になって一審原告の取引先も含めた営業活動を行い、現に一審被告池田は一審原告の従前からの取引先である有限会社水谷産業に対しロールベニヤの売込みを画していた(甲第一三三号証の一ないし一五、第一四一号証、当審における一審原告代表者本人尋問の結果)こと、したがって、一審原告と一審被告会社の販売先はかなりの程度競合していると推認することができること、その他本件に現れた諸般の事情を考慮すると少なくとも右一年一〇か月間については、一審原告の販売減少分は一審被告会社の販売により生じたものと推認でき、右認定を左右するに足りる証拠はない。したがって、一審原告は一審被告会社のロールベニヤの販売により六〇五万七七九三円の損害を被ったと認めることができる。
第五 総括
よって、一審原告の請求は、一審被告会社、同青山、同英二に対し不法行為による損害賠償として連帯して六〇五万七七九三円とこれに対する不法行為による結果発生後である別紙遅延損害金起算日目録記載の日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、一審被告池田及び同安井に対し債務不履行による損害賠償として連帯して六〇五万七七九三円とこれに対する本件訴状送達日の翌日であることが記録上明らかな別紙遅延損害金起算日目録の日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、一審被告村井に対する請求及び一審被告村井以外の一審被告らに対するその余の各請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべきものである。」
二 よって、右判断と異なる原判決を、一審原告の一審被告村井以外の一審被告らに対する控訴に基づき、主文第一項のとおり変更することとし、一審原告の一審被告村井に対する控訴及び一審被告村井以外の一審被告らの控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、九六条、八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 渋川満 裁判官 遠山和光 裁判官 河野正実)
遅延損害金起算日目録
一審被告名 起算日
株式会社オムニツダ 平成元年一〇月二〇日
青山光亮 平成元年一〇月二〇日
津田英二 平成元年一〇月二四日
池田美典 平成元年一〇月二〇日
村井進 平成元年一〇月二一日
安井孝安 平成元年一〇月二一日
タイプ別販売表
(注)売上高及び平均単価は「円」、出荷量は「m2」
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